黒猫の見る夢 if 第3話 |
部屋へと戻って来たスザクは、部屋の鍵を閉めると、ルルーシュの入っている籠をテーブルの上に乗せた。無駄に豪華な布を全部外すが、ガタガタと振動していたにもかかわらず、中の猫は動かない。 ・・・死んでいるんじゃないだろうか? スザクは籠を開けようとしたが、開け方が解らず、ガチャガチャと大きな音を立てながら中の猫を取り出そうと試みるが、外れる気配は無く、強引に留め金を動かそうとした時、金属の軋む嫌な音が鳴った。 その音に、猫はピクリと耳を動かした。 あ、生きてる。 スザクは、それが解ればいいと言いたげに嘆息した。 さて、どう開けよう。 「・・・めんどくさいな。流石に籠を返せとは言わないよね」 スザクはそう言いながら、籠の網の部分を掴むと、両手に力を入れた。 金属の軋む音が響いて、ルルーシュは思わず耳を伏せ、目をうっすらと開き、視線を上へ向けた。そこには巨人・・・もとい、スザクがいて、自分が入っている籠を腕力にモノを言わせて破壊していた。ハンガーストライキによる衰弱で体に力は全く入らなかったが、頭上で行われている破壊に本能的な恐怖を感じ、全身の毛が逆立った。 その反応に気がついたスザクは、籠を壊す手を退けた。 「ああ、起きたのか。動かないから、死んでるのかと思ったよ」 スザクは冷たい視線をルルーシュへ向けた後、再び籠の破壊を開始した。 べきべきと音を立てながら金属で出来た籠が形を変えていく。 だが、スザクの表情から解るが、そんなに力を入れていないらしく、この音が無ければ、まるで柔らかな針金を曲げているようだった。 この馬鹿力が。 ルルーシュは心の中でそう悪態を吐いた。 籠の上部を破壊し終えたスザクは、その破壊箇所から手を伸ばすと、毛を逆立て体を縮めているルルーシュに手を伸ばし、その小さな体を籠の外へと出した。 突然持ち上げられた事で、くらりと目が回る。 スザクが掴んでいる場所も悪い。 内蔵が圧迫されて苦しい上に、結構な負荷が掛かった事で吐きそうになった。 吐いた所で出るのは胃液ぐらいだが。 「・・・ふみゃぁ」 (・・・もっと丁寧に扱え) だからアーサーに噛まれるんだ。 それともルルーシュだから乱暴に扱うのだろうか。 掠れて弱弱しかったが、突然猫が鳴いた事でスザクは目を瞬いた。 「あ、鳴いた。やっぱり言葉は喋れないんだね。・・・いい気味だよ」 スザクは掴み上げたその子猫を、ソファーの上に置くと、邪魔になった籠を部屋の隅へ移動させた。ガシャンと音がした時点で、移動と言うよりも投げた、が正しいのかもしれないが。 「ふみゃあ~、ふ~~~~っ、にゃあっ」 (この馬鹿!その籠も皇帝から賜った物になるんだぞ!粗雑に扱って後で何かあったら!) 掠れた声で、そこまで一頻り鳴いたら、ケホケホと咳が出た。 「五月蠅いな。仕方ないだろ。開けられなかったんだから!」 苛立ちを隠すことなく、スザクはそうルルーシュに怒鳴り付けた後、めんどくさいと言いたげに、投げた籠の方へ歩いて行った。 体を動かせないと言うのに、相変わらず口だけは達者なルルーシュは、なけなしの体力まで使って叫んだせいか、何度か咳こんだ後、再び意識を失った。 突然咳が途絶え、静かになったその様子に、スザクは眉を寄せる。 「・・・ルルーシュ?なんだ、死んだふりか?そんな事をして、俺が同情すると思ってるのか?」 ルルーシュを寝かせたソファーへと近づき、ゆさゆさと乱暴にその体を揺らしてみるが、反応は無い。まさかと思い、揺するを止め慎重に確認してみると、僅かに体が上下しているので、呼吸はちゃんとしているようだった。 その事にスザクはホッと息を吐いて眉尻を下げた。 「・・・まったく、鳴く体力も無いなら、大人しくしなよ。本当に・・・死んじゃうよ?」 毛に隠れて解りにくかったが、触った体はくっきりと骨が浮き出ており、骨と皮しか無いようだった。アーサーに比べて体温もかなり低い。 あれだけ鳴いたから、もしかして弱った演技かと思ったが、どうやら違ったらしい。 このままでは寒いだろうと、スザクな脱ぎ散らかしていた部屋着を拾い、ばさりとその体に掛けた。あの見た目だけは豪華な籠の底は、やはり内側も金属で出来ていて冷たかった。あんな所で寝ていたのだから体温をかなり奪われただろう。 なかなか陰湿な拷問だ。 「ああ、そうだ。昔軍で支給された物が・・・」 確か何処かにあったはずだと、スザクは棚の中を漁ると、目的の物を見つけ出した。それを袋から取り出すと、がしゃがしゃとその中身を揉んだ後、ルルーシュに掛けた服の下へぽいと投げ入れた。 「かなり前の物だから使えるのかな、このホッカイロ。まあ、無いよりマシか」 スザクは目を閉ざし、動かない様子のルルーシュを覗き見た後、先にキャメロットに報告をしなければと部屋を後にした。 それから数十分後。 もぞもぞとその部屋着が動いた。 やがて、その部屋着の下から、体をずるずると引きずるように黒猫が抜け出した。 あっっっつい!!!なんだ!?何をしたんだあいつは!? 猫だから解り難いが、もし人間なら全身から汗を吹き出すような暑さでルルーシュは目を覚ました。頭の辺りにある熱の塊からどうにか逃げ出す事に成功したが、再び体力を使い果たし、身動きが取れなくなる。 冷たい床の次はこの暑さ。 気温の変化にも衰弱した体はついて行かない。 くそ、どうする、どうすればいい 食事を取らなかった事で、脳への栄養が足りていないルルーシュは、鈍い思考の中必死に現状を考えた。 猫にされてから今日まで、何故か皇帝の私室に監禁されていた。それだけでも地獄だと言うのに「お前はもう無力な唯の猫だ。ここで大人しくしておれ」と言う呪いの言葉を何度も浴びせられ、猫には相応しくない豪華な装飾が施されたケージに入れられた。 用意された物も全て豪華ではあったが、それも猫のための道具。 当然食事もだ。 それはさっさと屈して、体だけではなく、心も猫となれと言う事か。 そうすれば幾らでも猫として可愛がってやると。 生かしてやると。 そんな施しなど誰が受けるものか!お前の思い通りになどならん!無力だと!?この俺が、高々姿を猫にされただけで無力になったと言うのか!?使いたくもない猫の玩具を大量に与えられ、無理やり風呂へ入れられ、トイレももちろん猫用。体だけではなく心も猫となれ。そう言う事なのだろう。フハハハハハハ!誰がそんなお前の望みを叶えるものか!俺の心は猫ではない!貴様の飼い猫として生きるなど御免被る!どうせ死ぬのであれば、人として死んで見せよう! だから、猫となってからは一切食事も水も取る事をやめた。 やがて医師が来るようになり、管を喉に通され、胃の中に食べ物を流し込まれた。 だが、それらの物はすべて吐き出し、拒絶を続けた。 点滴だけはどうにもならず、暴れても抑えつけられてしまい、体に僅かな栄養と、水分は補給されていった。やがて抵抗する体力もなくなったが、胃に流される食べ物だけは吐き出し続けて、今に至る。 そして何を考えたのか、皇帝はスザクに俺を与えた。 いや、押し付けたのか?何のために? 飽きただけと考えるのは軽率ではないだろうか。 そもそも、皇帝から下贈された猫が死んだらどうなる? 粗雑に扱ったと言うこととされ、ラウンズの地位をはく奪するつもりか? あの皇帝ならやりかねん。 今の状態なら俺の体は持って数日と言った所だろう。 スザクから地位を奪う。 それは魅力的な案だが、皇帝の話ではナナリーが皇室へ戻ってきていると言う。 この場所は、後ろ盾が何もない皇女がたった一人、しかも障害を抱えて生きていける場所ではない。 ああ、ナナリー。 お前だけは皇室から逃がしたかったのに。 そうだ、スザクが恨んでいるのは俺であってナナリーではない。 ならば、スザクはナナリーを守ってくれるかもしれない。 その可能性はゼロではない。 俺自身はすでにゲームオーバー。 スザクを恨んだ所で何も変わらない。 ならば、俺は皇帝の計画を阻止する。 スザクの地位を奪う事は許さない。 そう、それが俺に出来る最後の事だから。 だが、それにはどうすればいいのだろう。 スザクの落ち度で死ぬのは駄目だ。 では何処で? 「って何を考えているんだルルーシュ!」 突然スザクの声が聞こえ、思わず体がびくりと反応した。 何って何だ?俺の考えが読めるとでも言うのか? まさかスザクにマオのようなギアスを!?くそ、皇帝め! 「何を考えているかはさっぱり分からないけど、絶対悪い事考えてただろ」 すっごく嫌な予感がしたんだよね! スザクは絶対にそうに違いないと言い切った。 勘か?勘で言ったのか!?くそ、此処でもお前はイレギュラーなのか!? 背中を僅かに湿った手で撫でられ、あまりにも乱暴なその撫で方に、反射的に体が縮こまる。それに気づいたのだろうスザクは撫でるのを止めた。 そして、先ほど必死の思いで抜け出したスザクの部屋着だろう物を手にとると「熱っ!」と、叫んで何かを落とす音が聞こえた。 「こんなに熱くなるんだ、ホッカイロ」 使った事がないから、甘く見てた。 「ふみゃ!?ふ~!ふ~!」」 (ホッカイロ!?ホッカイロだと!?それを直接服の下に入れたのか!しかも俺の頭上に!!何考えてるんだこの馬鹿っ!) どう考えてもこの体のサイズには暑すぎるだろうが!! せめて服の上に置け!!布に包め! 目を開ける力は無いと言うのに、ルルーシュはひたすら聞こえるか解らないほど小さな声で鳴き続けた。 ああ、人の言葉で文句を言えないのが腹立たしい。 「ごめんって、これは流石に悪かったと思ってる。それよりルルーシュ、起きたならミルク飲もうか。ここで死なれたら俺の落ち度になるからな。絶対に飲んでもらう」 そう言いながら、スザクはソファーにどさりと座ると、こぽこぽと猫用ミルクを哺乳瓶に流し入れた。 これらはシャワーを浴びる前に報告のためキャメロットに戻った時、ルルーシュ用にと皇帝から届けられていた荷物に入っていたものだった。 ミルクのパッケージに傷はないし、瓶は洗ったから、まあ毒の心配はないだろう。 子猫用のミルクを全部入れ、きゅっと蓋をした。 その音に、ルルーシュは重い瞼を開けた。 シャワーを浴びた事で、濡れた髪は普段と違い真直ぐになっていて、一瞬誰だ?と思ってしまったが、その顔と、今までのやり取りでスザク以外あり得ないかと嘆息した。 どうするべきだろうか。 ここでは死ねない以上多少体が動けるまでに回復させる必要はあるのか。 ・・・不本意だが、飲むしかない。 「ほら、暴れるなよ」 スザクは乱暴な手つきでルルーシュを持ち上げると、その体を仰向けにさせた状態で腕にのせ、その小さな口を無理やり開くと哺乳瓶の口を押し込んだ。 「!?!!!!!!」 「った!!」 ルルーシュは、その体の何処にまだそんな力があったのだと言うほど必死に暴れ、スザクをその鋭い爪で引っ掻くと、その腕から逃れた。 その勢いのまま部屋の中を走り、書棚の裏へ駆けこむ。 予想外のルルーシュの反撃に、スザクは成す術もなくルルーシュを取り逃がしてしまった。そこまで飲みたくないのだろうか。 「・・・なんなんだ。本来なら放置して・・・いや寧ろ甚振って殺したいお前の世話をしてやってるって言うのに」 スザクはそう言いながら、自分の胸に出来た細い傷をみた。 子猫の爪だから深くは無いが、鋭さはある。 ジワリと傷から血がにじんできた。 シャワーから上がったばかりで上を着なかったのは失敗だったか。 痛みに、思わず手を離してしまった。 書棚の裏からケホケホと小さな咳が聞こえ、スザクは立ち上がった。 あの体で良くあそこまで走れたものだ。 これは恐らく、スザクを憎む心が生きる気力を呼び起こしているのだろう。 それでいい。 こんな形で・・・死ぬなんて、許さない。 絶対に。 もっと怒ればいい、もっと憎めばいい。 人は憎しみを糧に生きる事も出来るのだから。 俺を憎め、ルルーシュ。 俺はそれだけの事をお前にしたのだから。 やがて咳込む声が聞こえなくなり、スザクは静かに書棚に近づいた。 沢山の軍事関連書が入ったその棚を、慎重にずらした。 奥の方に黒く小さな塊が見え、スザクは息を吐いた。 良かった、すぐに見つけられた。 「ル・・・え!?」 だが、その隙間にいたルルーシュは、流し込んだミルクをすべて吐き出した後、ぐったりとその場に倒れていた。 今までも危険な状態だと思っていたが、この姿を見て背中がざわついた。 まずい。 この状態はまずい。 さっきの比ではない。 「ルルーシュ!?ねえ、大丈夫!?ルルーシュ!!」 スザクはその小さな体に慌てて手を伸ばした。 |